非現実的の王国で

二週間も前のことだけど、遅ばせながら最終日に観に行ってきた。想像していたよりずっと大きくて、水彩の淡い色合いが綺麗だった。
展示会の前の方のヘンリー・ダーガーの来歴を読むと、彼は知的障害というより高機能自閉症アスペルガー的な人物だったみたい。社会の底辺とはいえ、ぎりぎりで社会と接して生きていけるボーダーラインの人。

そう考えると、彼の創作が理解できてくる。
彼が理解出来ない・彼が憎む、この世界・この現実。
彼のことを理解しない・彼の存在を認めない、この社会・世間。
彼にとって自分以外の存在は気象のようなものだったんだろう。そこには因果関係もなく、神のサイによって予測不能な現象が発生する。

彼の書いた絵は、彼と現実の戦いに他ならない

祈るように自分の姿を少女たちに仮託して、現実を代表する大人たちを撃破する。少女たちにペニスが付いているのは、彼が童貞ゆえ男女の区別をつけられないからだ、と称する説もあるが失笑ものである。少女たちは少年の心を宿したヘンリー・ダーガーの姿に他ならない。作中にはヘンリー・ダーガーアルターエゴが多数登場するが、少女たちもまたその一部なのだ。

彼は、おそらくこうして物語を作らなければ正気ではいられなかったろう、生きていけなかっただろう。現実と彼をリンクするには1万6千ページにも及ぶ物語が必要だった。彼の持ちうる限りの全ての技術をかけて必死で描いた絵は、トレースしたためかにレイアウトや人物の構図に妙に迫力があって、気迫が感じられる。

彼の戦いの痕跡を示す、ブリキの缶いっぱいに詰められた無数の使い古した短い鉛筆の姿を見て、私はいつの間にか涙していた。

生きてゆくための、魂をかけた表現による叫び。
アウトサイダーの手芸ではなく、アウトサイダーアートと呼ばれる所以を感じることができる素晴らしい作品だった。